東日本大震災の復興がなかなか進まない理由とは。

今回は日本人の多くの方々が関心を持ちながら、一方で疑問にも思っているであろう、東日本大震災の復興について考えてまいります。
なお、東日本大震災でありますから東北海道においては直接的に大きく関わる内容ではありません。しかし全く無関係ということではなく、もしも東北海道に大きな災害が発生したならばということを念頭にして、ぜひ心得ておきたい内容になります。

東日本大震災が発生したのは2011年3月11日の14時46分頃でありました。それから10年が経過し、東日本大震災の復興はまだ終わっていないと言われます。はたして東日本大震災の復興は本当にまだ終わっていないのでしょうか、また今後どれだけの年月を重ねれば終結するのでしょうか。

ここで思い出していただきたいのは1956年に経済企画庁が発表した経済白書の序文に記述され、その年の流行語にもなった「もはや戦後ではない」という言葉です。太平洋戦争の終戦が1945年ですから、その後11年の年月を経て戦後復興は一つの区切りを迎えた、ということになるでしょう。日本全国が残酷な悲劇を乗り越えて新たな時代を迎えるのに11年。そして今、大地震による津波の被害から10年を経ても復興はまだ終わっていないという東北地方の現実。この10年という年月の重みはそれぞれに違うのかもしれませんが、日本全体が11年で「もはや戦後ではない」と言われたのに、東北地方が10年かけても復興は未だ道半ばであるということに、私は違和感を禁じえません。このように震災復興が進まないのには特別な何か、その理由があるのではないかと思っております。

まず、これまでの東日本大震災の復興にどれだけの国費が投入されてきたのかを確認してみましょう。
資料は復興庁のWebサイト内にある毎年度の予算・決算等の執行状況のページにある令和3年7月30日付記者発表資料のPDFファイル「令和2年度東日本大震災復興関連予算の執行状況について」から歳出予算現額、支出済歳出額、翌年度繰越額、不用額と、さらに支出済歳出額の内訳を転記し、まとめたものです。

復興関連予算の
執行状況
H23
(2011)
H24
(2012)
H25
(2013)
H26
(2014)
H27
(2015)
H28
(2016)
H29
(2017)
H30
(2018)
R元
(2019)
R2
(2020)
H23~R2
合計
歳出予算現額148,24397,40275,08962,54256,32846,34533,08227,55627,71425,001
支出済歳出額89,51363,13148,56637,92137,09829,60921,87518,68016,77018,544381,711
翌年度繰越額47,69522,03019,60415,35214,11111,4267,3416,1398,1264,317
不用額11,03412,2406,917 9,2685,1185,3093,8652,7362,8172,139
出典:復興庁「令和2年度東日本大震災復興関連予算の執行状況について」
単位:億
“H23~R2合計”は支出済歳出額のみとした。
注) 計数については、単位未満を切り捨てているため、歳出予算現額と支出済歳出額・翌年度繰越額・不用額の合計は一致しない。
復興関連予算の
執行状況の内訳
H23
(2011)
H24
(2012)
H25
(2013)
H26
(2014)
H27
(2015)
H28
(2016)
H29
(2017)
H30
(2018)
R元
(2019)
R2
(2020)
[支出済]
H23~R2 計
[支出済]
R2
(2020)[執行見込]
H23~R2 計
[執行見込]
被災者支援12,2443,5231,3989631,01484796966054037722,53947822,640
住宅再建・復興まちづくり17,42326,54418,02013,82012,45711,2509,8668,1386,9686,269130,7609,760134,251
産業・生業(なりわい)の再生27,2045,4154,8461,1161,4401,10881680564840143,80457743,981
原子力災害からの復興・再生9,7753,6905,8058,2638,00910,9926,9905,0924,7687,99771,3868,54571,934
震災復興特別交付税21,4086,7045,7714,1164,4153,4292,5433,2523,7503,39858,7903,39858,790
その他(復興債償還費等)1,45717,25312,7239,6409,7611,9806897319310054,43010054,430
合計89,513 63,13148,56637,92137,09829,60921,87518,68016,77018,544381,71122,861386,029
出典:復興庁「令和2年度東日本大震災復興関連予算の執行状況について」
単位:億
注) 計数については、単位未満を切り捨てているため、合計とは一致しない。
  また、令和2年度についてはこの資料の発表時点での支出済、執行見込の額である。

上記の2つの表から、平成23年から令和2年までの10年間に38兆円を超える国費が投入されていることがわかります。38兆円というのがどれくらいの規模のものかというと、 例えば熊本地震の復興費用が5年累計でおよそ1兆133億円とのこと(2021年4月16日付・熊本日日新聞Webサイトの記事より)であり、たしかに災害の規模に違いがあるとはいえ、多額の費用がかけられていることがおわかりいただければと思います。
また、この復興関連の費用の中で最も多く費用がかかっているのが「住宅再建・復興まちづくり」であって、初年度を除いて9年間連続で最も多くの費用が使われており、10年間の通算で38兆円の3分の1を超える13兆円がかかっております。次いで「原子力災害からの復興・再生」に7兆円となっているところから、「住宅再建・復興まちづくり」には「原子力災害からの復興・再生」のほぼ2倍の費用を要してることがわかります。
それでも震災復興はまだ道半ばだということに、私はやはり何か違和感を覚えるのです。10年の歳月をかけて、原子力災害にかける費用の倍の費用を使って、それでも住宅再建やまちづくりに多額の費用が必要なのでしょうか。まちづくりは進んでいないのでしょうか。この違和感を解消することは東日本大震災の復興を検証する上で重要であると考え、少し掘り下げてお話を進めてまいります。

私は実質9ヵ月程度の短い期間ではありながら宮城県仙台市に在住しておりました。ですから、震災復興の現実を多少なりともこの目でしっかり見つめ、震災復興に対する考えを確認する機会を持つことができたと自負しております。
私が見ていた限りでは、仙台市もその周辺の市町も地域社会も地域コミュニティも安定して機能しているようでした。仙台市民、宮城県民は普通に日々を過ごしており、平穏な毎日を送っているように思っておりました。しかし、宮城県内でテレビやラジオでは、毎日とは言わないまでもほぼ毎週末には震災復興の特別番組が放送され、新聞でも震災復興の記事が掲載されていたように思います。私は東日本大震災に直接の被害を受けた当事者ではないので宮城県民の深い悲しみや辛さを理解することはできませんが、少なくとも震災復興は間違いなく宮城県民の最大の関心事なのだということは理解できたつもりでおりました。
しかし、そのように思う一方で、ならば震災復興はもっと進んでいるに違いないとも思いました。なぜならば、復興庁の震災復興目標として「復興・創生期間」は平成32年、令和にすると令和2年までの10年間を一つの区切りとしていました。それならば、それだけの予測や計画に基づいたロードマップができているはずです。また、今回の冒頭にお話ししたように第二次世界大戦、太平洋戦争が終戦してから11年で「もはや戦後ではない」と言われたように、本気で復興に注力してきたのであれば、10年でかなりの復興は進んでいるはずです。平成7年1月17日に発生した阪神淡路大震災においては、最大の被害があった兵庫県では震災発生から10年の時点での復興事業の総括がなされています(兵庫県ホームページ内「復興10年総括検証・提言データベース」を参照)。また、この総括の中では、10年間で16兆7,000億円の復興費用が投入されたとの資料があります。一方で、東日本大震災では10年間で38兆円を超える復興費用が投入されているにもかかわらず、震災復興は未だ道半ばなのです。阪神淡路大震災は発生から25年を経て再開発事業事業が完了し、一つの区切りとされるようですが、東日本大震災はいつまで復興事業を続けることになるのでしょうか。

私が宮城県で見てきた地域の中には、特に石巻市や東松島市の沿岸部においては未だに整地が進んでいない地域もありました。東北地方に住んでいない方の中には「作業がなかなか進まないのには原子力発電所の放射能の除染が進んでいないからでは?」と言われる方もいるかもしれませんが、この地域に放射能は関係なく、加えて津波で被災した地域にあってはそこに住む人々もあまりおりませんので、整地作業を妨げるものは少ない、または全くないということになります。それでも整地が進んでいないところもあるのです。また、他に目を向けてみると、沿岸部には大きな防潮堤が築造されていますし、沿岸部を通る高速道路、かさ上げ道路なども建設が完了しています。女川町では高台に町役場や小中学校、住宅などの施設が新築されていました。それでも住宅の新築費用が捻出できない、あるいは公営住宅などへの転居ができない人もいるようで、仮設住宅も残っていました。
また、前出の防潮堤、高速道路の他、東京オリンピックを復興五輪とすることで建設されて新しいスポーツ施設、大型のスタジアム、復興と名がつくことで建設が進んだであろう復興公園や復興伝承館などの各種公共施設、復興道路など、たくさんの施設が造られているというのが東北の、少なくとも宮城県の実態であるように思っております。
私が東日本大震災の被災地域を見て回っていて感じたことは、開発が進んでいるところと進んでいないところの格差の大きさでした。目立つところにはピカピカの新しい施設が建設され、目立たないところは未だに整地もなされていない、というギャップに違和感を禁じえませんでした。
このような現実がある中で、東日本大震災の復興費用の内訳の中で突出しているのが13兆円超の「住宅再建・復興まちづくり」であり、「原子力災害からの復興・再生」(7兆円)のほぼ2倍となっているのは先に述べたとおりであります。現実に災害復興が進んでいない地域もあることは理解できますが、これだけの費用を投じていながら震災復興はまだ進んでいないというのです。

結局、東日本大震災の復興とは公共事業の創出なのです。それまではダム建設などに費やされていた公共事業のお金が東日本大震災の復興を名目にした公共事業に充てられているのです。復興事業が早々に完了してしまうと国から仕事が取れなくなってしまいます。それに長い年月をかけてダラダラやることで一度に入る収入を分散することができ、そうすれば税金対策にもなるでしょう。土木業者、建設業者はそれで儲けている。実際に宮城県の事業者を調べてみますと、日本銀行仙台支店による特別調査「宮城県内の建設業の現状と今後の展望」によると、全国平均と比較して建設業者数が多く、またる県内総生産に占める建設業の割合も大きいという特徴があります。公共事業はできるだけ地元の業者に請け負わせるでしょうから、全国の土木・建設業者の支社、支店も多くなるでしょう。土木・建設業者に限りませんが、参考までに仙台市においては、2016年の数値ですが民間事業者における支社や支店の割合は42.9%と政令指定都市で最も高い割合となっており、いわゆる支店経済の地域となっています。

東日本大震災の被災地域にある土木・建設業者は復興事業の受注によって収益を上げてきたのは間違いないこととして、かつて安倍晋三氏が総理大臣であった時によく耳にしたトリクルダウンのような現象が表れているのか、収益を正しく社員、従業員に還元しているのかということは、おそらく誰もがわかっていることでしょうが、トリクルダウンは起こらなかったし、今後も起こることはないだろうと思っております。私が仙台市で見聞きした情報によると、ある会社では儲けたお金で株式投資をしてさらに大きな利益を求めようとしているようですし、また、ある会社では復興事業で儲けたお金で航空旅客機を購入し、その旅客機をアメリカ合衆国の航空会社にリース(航空機リース)することで投資に加えて節税対策にもしているという話を耳にしました。このようにして公共事業にかかる莫大な費用が、土木会社や建設会社の莫大な収益になっており、復興は道半ばとすることで公共事業が終わらないという、奇妙なビジネスモデルが出来上がっているようなのです。その陰で、社会的弱者には国の税金が回らないように思うのです。宮城県でテレビを見たり、ラジオを聞いたりしておりましたら、震災発生から10年を過ぎた頃から「これからは心の復興が大切」と言われるようになったように思うのですが、これまではどうだったのでしょう。むしろ、今後もまだ金欲にまみれた土木と建築に公費が回り、心のケアなど社会的弱者への対応は後回しにされていくのではないかと危惧しております。

このようにして、東日本大震災の復興事業はなかなか、いや全く終わらないまま、公共事業の発注が繰り返されていくのでしょうね。

なお、ここまで私が話したことはあくまでも仮定の話であります。根拠はありませんが、誰もが容易に想像できることであるはずです。それを口にするか、それともしないのか、それだけの話なのだろうと思います。

さらに、この東日本大震災の復興事業には看過できない大問題があります。
それは日本の全国民が所得税、法人税の中から一定の率を乗じた金額を「復興特別税」という名称で徴収されていることです。
震災復興のために全国民から少しずつ集められた血税が巡り巡って関係する業者に大量に流れていくという構図になっているとしたら、これはしっかりと監視の目を持たねばならないと思うのです。もちろん他の用途に使われている「復興特別税」もあって、「原子力災害からの復興・再生」、「産業・生業の再生」、「被災者支援」などにも使われているでしょう。それらも含めて税金の徴収のされ方、使われる用途のあり方など、税金の監視体制を考えなければならないと考えます。とりわけ「復興特別税」については、所得税や法人税の中から少しずつという形ですので「復興特別税」としての意識が低いままに徴収されているのではないかと思うのです。したがって改めて監視をしなければならない税金として「復興特別税」を挙げる必要もあるのではないでしょうか。

今回の結論ですが、東日本大震災の復興は公共事業に関わる事業者の温床になっている限りはなかなか終わらないでしょう。もしも終わりがあるとすれば、さらに大きな大災害が発生し、そこに新たな公共事業の発注、入札が始まった時であるかもしれません。その時に初めて東日本大震災の復興を、原子力災害からの復興なども合わせて終結させようとする、議論なのか風潮なのかが高まって、ようやく東日本大震災が過去のものとなり、歴史の中で語られていくようになるのだろうかと思います。そうなるまでの間は、東日本大震災の復興は続いていくものなのだろうと思います。

翻って、東北海道で同様の災害が発生することがあれば復興事業はどのようにして進めるべきなのか、しっかりとしたロードマップを策定する必要があります。特に、どこまでが復興であって、どこからが新たな開発とするのかを明確にしておくべきであると考えます。
できることならば今後も大規模な災害が起こらないでいることが望ましいのですが、「天災は忘れた頃にやってくる」とも言われますし、こればかりはどうにも予測も予想もつかないのが苦々しいところです。

2021.9.10

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